時には緩やかに流れる大河のように千の道を歩む。

Posted by theatreminori on 31.2012 主宰者コラム 1 comments
こんばんは。このブログ(PC)に雪を降らせ始めてから、全国的に寒波に見舞われていることにどことなく責任を感じてしまうSugiです。

1月が終わろうとしている今日この頃、やっと公演のチケットが売れ始めました。とは言っても、まだまだ席にはゆとりのある状態。お客様には望ましい状況ですが、我々にとっては厳しい状況です。引き続き制作部と団員共々、情宣と営業活動を継続していきます。皆様、よろしくお願いします。

さて、1月が終わるということは、公演まであと1カ月になろうとしているということです。そろそろ裏方部隊にも集結してもらわないと間に合いませんね。間に合わないというのは裏方の作業のことだけではなく、役者たちのスパートにも関連してきます。裏方が充実してくると、やらなければならないという刺激が役者に伝わります。それは演出が伝えるいくつもの言葉よりも、明確で、的確に、効率よく浸透するものです。

今週は先週延期になった通し稽古が予定されています。プロンプターはもういません。さて、どの程度のパフォーマンスを見せてもらえるのか?楽しみです、今は。終わった時には何を言い出すかわかりませんけれどね。

そうそう。このブログも通算来訪者が1,000を超えることができました。ほとんどがリピーター様でしょうが、それがまたうれしい限り。ありがとうございます。今度は通算1,000拍手でも目指しますかね。みなさんで様々な端末からポチッと拍手ボタンをクリックしてみてください。いつか1,000に達するでしょう。ちなみに今は280ぐらいです。まだまだですね。

では早速どうぞ。さようなら。
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行動なき反省は猿には出来ない自己擁護。

Posted by theatreminori on 27.2012 主宰者コラム 0 comments
こんばんは。食事は常にカロリーを認識して選んでいるSugiです。

突然ですが、HitoとChimpanzeeの遺伝子構造は1%しか違っていないという話をご存知でしょうか?つまり、人間と類人猿の違いは遺伝子的には僅かなものなのだということです。

この生物学エピソードを紹介して何になるのかと思われるかもしれませんが、これは演劇の役作りと大きな関係があると考えられるからです。キャラクターの性格や背景を構築する際に、1%のアレンジを加えるだけで、人が猿にさえなってしまう可能性があるということです。

役作りが行き詰まると、しっくり来ない台詞の研究に意識が向く役者がいます。これは、進化の結果ありき、キャラクターの遺伝子そのままで性格をマッチさせようという、足りないピースをあれこれ捜す方法です。当然フィットするピースは限られてきます。しかも手元にそのピースがあるとは限りません。いつまで経っても答えが見つからないという結末が予想されます。

では、進化の根源、遺伝子の一部を変化させるというのはどうでしょうか。わずか1%の差異が種族を分岐させたように、ひとつひとつのピースが微妙に形を変えて、パズルが全て作り直されていきます。手元にあるピースがぴったりとフィットするように構造が進化する可能性があります。ほんの些細な変化を加えたことで、進化の経路は多様に広がりますから、行き詰まるということはありません。

私が「役作り」と形容し、役者に求めているのは、主に後者の手法です。最初に演出からいい評価を得たアプローチに固執して、それ以外は悪い評価を得る、間違った演技だと勝手に思い込んで、しっくりこない演技に悩んでいるようでは、繰り返して稽古をしても無駄です。常に進化の可能性を求めて、ほんの僅かな変化を加えていくこと、そのトライ&エラーこそ、キャラクターの構築という作業です。稽古のたびに新たな変化が起こり、見る者を飽きさせない、まさに生きた演技がその場で次々と形成されるのです。もちろん、頭で考えていただけではダメです。その場で得られる感覚、派生する変異を吸収しなければいけません。これは生命体の進化と同様の原理です。言うなれば、新たな細胞の結合と生命の誕生です。その上で、生命力のある演技、己の細胞まで役になりきることができるようになるのです。だから私は後者を求めています。

この考え方は演劇以外の一般生活にも役立ちます。最近調子が悪い、周囲としっくりこない、気持ちが上向かないなど、日々を生きる現代人に悩みはつきもの。そんな時に、普段の自分の言動をほんの1%でも変えてみることで、モノの感じ方、影響の受け方が大きく変わってくるかもしれません。嫌いだったものが好きになるかもしれません。できないと思っていたものに挑戦できるかもしれません。だからこそ、役者には人間的成長を期待して、後者の手法を実践してほしいのです。演技ができてよかったね、だけでは演劇ではありません。私は、演劇の演技を通して、人間としての成長が伴わなければ意味がないと考えています。

本日の稽古の最後に、こんな話を紹介しました。

早速「考えてきます」と宣言する役者もいました。それはこれまで可能性への挑戦を放棄し、現状を保守することで評価を得ようとしていたことへの反省の弁のようでもありました。

さて、問題はその言葉に行動が伴うかどうか…。稽古はあと4回。考えるよりも感じなければいけない頃合いです。1分でも多く周囲と演技を合わせ、そこから感じ取ることだけが、進化の道標です。そのために自分が何をなすべきか?どんな準備をする必要があるのか?それほど難しい設問ではありません。

我々はひとりではない、ひとつなのですから。

行動できないなら、変われません。

人生が舞台なら、向き合っているこの現実は何幕何場か。

Posted by theatreminori on 26.2012 主宰者コラム 0 comments
どうも、時々KIRINグリーンラベルとAsahiスタイルフリーを間違えて買ってしまうSugiです。

明日、というか正確には今日は、2回目の通し稽古が予定されています。T.M.E.枠は別として、昼間のてあとるみのり枠の面々は欠席がないことを祈ります。

役者は文字通り舞台に立つという行為を責務としますが、果たして、誰のために、何のために舞台に立っているのでしょうか?もちろん、その答えは人それぞれでしょう。重要なのは、明確な答えを持ち合わせているのかどうかです。このような問いかけをすると、ほとんどの役者は答えに困って、必死にこちらの顔色、求めているであろう答えを探し始めます。「自分のため」と答えると、自己中心的だと思われるでしょう。「誰かのため」と答えれば受動的だと思われるでしょう。さあ、困りますね。

もっとも、何が正しい答えなのかは、質問者も知りません。どうでもいいのです。しかし、何度も語りますが、本当に答えを持っているのかどうかは、とても大切なことです。その取り組みの成否を決定づけると言っても過言ではありません。

ここまでは役者のモチベーションの話です。ほとんどの方には関係のない世界に感じるかもしれません。しかし、人生を大きな物語、一つの舞台だと考えれば、すべての人間のすべての出来事に当てはまることです。それは試験かもしれないし、投資かもしれない、結婚かもしれないし、就職かもしれないし、引退かもしれないし、卒業かもしれないし、逃避かもしれないし、メール送信かもしれないし、フェイスブックかもしれない。そのすべての行為には、どんな動機があるのでしょうか?

自信なんてなくてもいいのです。何のためにそこに立つのか?そんな動機付けさえしっかりと持ち合わせていれば。きっと、上手くいくものです。もちろん、口先で取り繕った動機付けだけは結果は伴いません。しかし、本当の動機が持てているなら、行動の蓄積が伴っているでしょう。そこに結果が表れます。

さて、みなさんは人生という舞台に起こるドラマの前に、何のために立っているのでしょうか?ひとまずは、役者たちに問いかけてみます。


青い鳥が運んでくるのは幸せではなくトキの呟きだけ。

Posted by theatreminori on 21.2012 主宰者コラム 0 comments
どうも、カラオケでは原曲キーにこだわるSugiです。

寒いですね。関東地方は雨が降らない日が続いて「乾燥して困る」「少しは降ってほしい」という欲求が高まっていたようですが、週末からそんな願いが天に届いたかのような悪天候が続いております。
まあ、実際にそうなってみると「寒い」「晴れてほしい」「雪になるかも」といったわがまま、軽率な願望の上乗せをする始末で。人間は自然には勝てないということで。大自然の営みの中では小さな存在ということで。ひとえに風の前の塵に同じということで。

稽古の方はまずまず順調です。来週の稽古で再び通しを行います。プロンプターの恩恵もそこまでです。
稽古スケジュールはそんな感じで順調なのですが…問題は中身ですね。スケジュールの進行と品質は比例しませんからね。まだまだまともな芝居にはなっていないのが現状です。こちらのブログでも稽古風景を紹介したいのですが、見せられるような雰囲気が伝わってこないので自主規制です。心も身体も準備不足。ここがEvo枠メインで参加している人間との動機付けの差異ですね。力を出し切れない。出し切ろうとしていない。心のどこかで次のことを考えている。明日のわが身を憂いている。その日の調子に合わせている。来週までにやればいいと計算している。

そろそろ気付いてほしいところです。まだ我々は何ひとつ生み出せていないことに。悩んだふりで楽をして、それが楽しいと思い込んでいることに。同じ「楽」という漢字でも意味合いが全く異なってきます。

我々はあまりにも恵まれているのかもしれません。いろいろな人、環境に囲まれて護られています。だからこそ気付けないのでしょう。幸せの青い鳥がやってきても、それだけで幸せが舞い込んでくるわけではないということに。

さあ、成功と称賛を得たいなら、手を伸ばして掴み取りましょう。そのために、何かを手放しましょう。それが手放せないほど大切なものなら、得るものを得てから、また拾えばいいだけです。3月11日には、全てが終わるのですから。ほんの数週間で。

そんな今日は「大寒」でした。寒くて当然。さようなら。

安定の狭心を破砕するためのC3H5(ONO2)3を心に。

Posted by theatreminori on 18.2012 主宰者コラム 0 comments
どうもこんにちは。時々このブログの降雪量(PCのみ)を最大にして、人がまるでゴミのようだと高笑いしているSugiです。

みなさん、「ミンナ_シッテル」がどんな話なのか気になっていませんか?
実は、てあとるみのりの進化形、T.M.Evolutionのサイトでは、稽古風景と併せて、物語のあらすじが紹介されているのです。もうチェックしてくれましたか?知らなかった!気になって眠れなかったよ!という血気盛んな方は、どうぞこちらから覗いてみてください。→T.M.Evolution

さて、一度リンクでジャンプされた方はお帰りなさいませ。そして、お疲れ様でした。しっかりネタバレ防止機能が発動していますので、あらすじは奇想天外なものに変換されていましたね。しかし、稽古風景の画像は本物ですので、ご勘弁を。

さてさて、そんなわけで、明日は稽古。先週の通し稽古の惨敗をいかに挽回するか?各自がそんなテーマを胸に秘め、それを達成するために力と心を合わせる正念場です。ひとりが躍起になって頑張っても、それが全体に作用して有機的な変化がもたらされなければ意味がないのです。その思いの共有、他者を思いやる心と、そこから派生する個人的モチベーションが「いい舞台」を作り上げるのです。

さてさてさて、そんなわけで、私はひとり躍起になって音響のミキシングをしています。
…あれ?
まあ、異端児ですから。

冗談ではないような冗談はさておき、本日の乱文におつきあいくださった皆様に送る言葉を。

「俺たちはひとりじゃない、ひとつだ」

心にニトロ。伝わっていれば幸いです。

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