行動なき反省は猿には出来ない自己擁護。

Posted by theatreminori on 27.2012 主宰者コラム 0 comments
こんばんは。食事は常にカロリーを認識して選んでいるSugiです。

突然ですが、HitoとChimpanzeeの遺伝子構造は1%しか違っていないという話をご存知でしょうか?つまり、人間と類人猿の違いは遺伝子的には僅かなものなのだということです。

この生物学エピソードを紹介して何になるのかと思われるかもしれませんが、これは演劇の役作りと大きな関係があると考えられるからです。キャラクターの性格や背景を構築する際に、1%のアレンジを加えるだけで、人が猿にさえなってしまう可能性があるということです。

役作りが行き詰まると、しっくり来ない台詞の研究に意識が向く役者がいます。これは、進化の結果ありき、キャラクターの遺伝子そのままで性格をマッチさせようという、足りないピースをあれこれ捜す方法です。当然フィットするピースは限られてきます。しかも手元にそのピースがあるとは限りません。いつまで経っても答えが見つからないという結末が予想されます。

では、進化の根源、遺伝子の一部を変化させるというのはどうでしょうか。わずか1%の差異が種族を分岐させたように、ひとつひとつのピースが微妙に形を変えて、パズルが全て作り直されていきます。手元にあるピースがぴったりとフィットするように構造が進化する可能性があります。ほんの些細な変化を加えたことで、進化の経路は多様に広がりますから、行き詰まるということはありません。

私が「役作り」と形容し、役者に求めているのは、主に後者の手法です。最初に演出からいい評価を得たアプローチに固執して、それ以外は悪い評価を得る、間違った演技だと勝手に思い込んで、しっくりこない演技に悩んでいるようでは、繰り返して稽古をしても無駄です。常に進化の可能性を求めて、ほんの僅かな変化を加えていくこと、そのトライ&エラーこそ、キャラクターの構築という作業です。稽古のたびに新たな変化が起こり、見る者を飽きさせない、まさに生きた演技がその場で次々と形成されるのです。もちろん、頭で考えていただけではダメです。その場で得られる感覚、派生する変異を吸収しなければいけません。これは生命体の進化と同様の原理です。言うなれば、新たな細胞の結合と生命の誕生です。その上で、生命力のある演技、己の細胞まで役になりきることができるようになるのです。だから私は後者を求めています。

この考え方は演劇以外の一般生活にも役立ちます。最近調子が悪い、周囲としっくりこない、気持ちが上向かないなど、日々を生きる現代人に悩みはつきもの。そんな時に、普段の自分の言動をほんの1%でも変えてみることで、モノの感じ方、影響の受け方が大きく変わってくるかもしれません。嫌いだったものが好きになるかもしれません。できないと思っていたものに挑戦できるかもしれません。だからこそ、役者には人間的成長を期待して、後者の手法を実践してほしいのです。演技ができてよかったね、だけでは演劇ではありません。私は、演劇の演技を通して、人間としての成長が伴わなければ意味がないと考えています。

本日の稽古の最後に、こんな話を紹介しました。

早速「考えてきます」と宣言する役者もいました。それはこれまで可能性への挑戦を放棄し、現状を保守することで評価を得ようとしていたことへの反省の弁のようでもありました。

さて、問題はその言葉に行動が伴うかどうか…。稽古はあと4回。考えるよりも感じなければいけない頃合いです。1分でも多く周囲と演技を合わせ、そこから感じ取ることだけが、進化の道標です。そのために自分が何をなすべきか?どんな準備をする必要があるのか?それほど難しい設問ではありません。

我々はひとりではない、ひとつなのですから。

行動できないなら、変われません。

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