てあとるみのり総監督の椙田です。皆様のご支援を賜りまして、無事に第23回公演「UNKNOWN」を終えることができました。わが国でも徐々に新型コロナウィルスに関連する具体的な行動要請が発信され始めた最中の公演にもかかわらず、多くのお客様にご来場いただけましたことは、まさに感謝の一言以外の何物でもありません。
さて、今回はそんな「UNKNOWN」という作品について振り返ってみます。「UNKNOWN」の未知の部分を公開してしまおうというわけです。演劇という芸術活動も活動自粛の波に飲み込まれつつある今、少しでも皆様の楽しみになれば幸いです。
「UNKNOWN」というテーマ
そもそもこの作品のルーツは、2月上旬に開催される「#演劇的な一日 in 大塚2020」のための物語作りにありました。この地域演劇交流イベントでは、全団体が共通のテーマを自由に解釈した作品を自由な(演劇的な)表現技法を用いて発表するという取り決めがあり、今回のテーマが「みち」だったのです。漢字ではなく仮名で「みち」なのがポイントで、「道」「満ち」「三千」など、自由に解釈できる(むしろ幅広く解釈してほしい)という運営側のリクエストがありました。そこでストレートに「道」ではなく「未知」という意味を採用することにしました。これが2019年11月初旬のこと。イベント運営側に提出する資料に、タイトル「UNKNOWN」と、キャッチフレーズ「未知なる存在UNKNOWNを解放せよ」という言葉が先行して記載されました。キャッチフレーズに関しては制作の石塚が「なんか、かっこよくない?」という発想で提示してきたもの。当然、この時点で脚本や原作ができていたわけでもなく、全てはこのお題の設定からスタートしたのです。
最初に描いていたのはゲームの世界
未知なる存在をどう描くか考えていく中、VRゲームの世界というひとつの着地点を見つけました。脳波に共鳴して、思いのままのヒーロー(中二病)体験ができる「チューニング」というゲームが開発され、そのテストプレイを主人公が行うという物語です。ゲームを進める中で、なぜか思い通りにいかない展開が訪れ、それが未知の存在の介入によるもので、そのUNKNOWNを倒すために戦ううちに、隠された真実に気付くという…ハリウッド映画っぽい展開です。中二病の資質が高い人ほど優れた「チューニング」プレイヤーになれるという、ユニークな設定が与えられていました。しかし、この妄想力とUNKNOWNとの関わりにいまひとつ結びつきの強さを感じることができず、路線を変更。ゲームという要素を排して、アプリとのVR交流ができるという方向に物語を整理していきました。こうして「UNKNOWN」は形を整えていったのです。
未知なるものとして感情を設定
表面的な未知なるものはすぐに思い付きました。見たことない景色、行ったことない場所、初めて会う相手などがそれで、我々がそこに生じる不安を解消または軽減するために事前にインターネットから様々な情報を得ている文化が根付いていることもすぐに思い付きました。しかし、それをそのままテーマにしては深みがないので、そういった行為の動機になっている「不安」というネガティブな要素に着目しました。そこから人間の感情とは何なのか、という分析が始まり、カルフォルニア大学のAlan S.Cowen氏が2017年9月に公表した論文にたどり着きました(
参考資料リンク)。人間の基本感情が27種類。それらのブレンドで2,185の感情表現に分類できるのだという研究論文です。言うまでもなく登場人物「謎の少女」のナンバリング「2185」はここから採っています(論文では単純な不安が2,185番目の感情ではありませんでしたが)。こうなってくると、この2185という数字を生かす方法で発想が進みます。アプリそのものというよりもそれを動かしている人工知能(AI)に目を向けようと考え、人間らしいAIとは人間の全ての感情を適切に表現できるAIなのだろうという理屈から、2,185種類の感情AIの集合体「リエゾン」が誕生したのです。
「リエゾン」のネーミングの意味
リエゾンという言葉はフランス語で「連絡」「連携」「つなぐもの」「結びつき」といった意味を持つ言葉です。この言葉だけでも、劇中で描かれていた、ユーザー(マスター)に寄り添った案内人のような存在にピッタリです。もちろん、その線で名前の候補を探していましたので、この時点では「リエゾン」以外の言葉も候補に挙がっていました。
しかし、決め手になったのは「リエゾン」が持つもうひとつの意味で、フランス語の発音で度々登場してくる、文字の並びによって二つの音がひとつになってしまう、普段は読まれない文字が発音されるなどの音便のような現象のことです。姿を変えて認識させてしまう、統合させてしまうといったニュアンスを感じたため、この物語のメインAIのイメージにピッタリでした。そんな意味を知らずとも、「リエゾン」という言葉の響きに、AIっぽさと、不思議な親しみを覚えてしまった人も多いのではないでしょうか。言葉の響きとは面白いものですね。
BVRの研究施設はつくば市?
並木研究主任がBVRシステムとリエゾンを開発した研究所はつくば市にある…という明確な設定はないのですが、実は、登場してくる人間の名前はつくば市に存在する地名から採っています。並木、谷田部、吾妻…。地図を見ながら、音としての響き、つくば市の中心部からの距離などを吟味して設定しました。劇中「人里離れているからね」というセリフが登場するのは、つくば市ありきの話ではなく、秘密基地のような研究施設なので都心にはないという設定からです。
セブンとメビウスのルーツはタバコ?
アップデートファイルレベル7、通称「セブン」は物語後半で人間によるAIやシステムの統制の象徴として登場してきます。猛威を振るったセブンも、何者かによって仕込まれていた上位プログラムによって駆逐されてしまいます。それがメビウスでした。セブンの上位なのでナンバリングするのであれば「エイト」になりますが、劇中では明確にそう名乗らせず最後まで「メビウス」で通しています。これはメビウスリングが「8」と同じ造形であることと、「セブンのアップデート版がメビウスである」という昔からの愛煙家にはわかるであろう洒落からです(
参考校資料リンク)。セブンの衣装に金色を入れたのは、古い「セブン」タバコのパッケージのイメージです(もちろん鎧のようなイメージもありました)。そして奇しくもメビウスを演じた石塚が好んでいたタバコが「メビウス」でした。
実際にはこれだけがネーミングのルーツではなく、BVRに依存した人間にとっての楽園構想を主張するロジックの持ち主である「セブン」は「第7天国(セブンスヘブン)」の思想にも関連しています。また、そんなセブンがエイトに駆逐される様は、WindowsのOSが7から8で全くの別次元に変化したこともイメージされています。
AI達は個性重視にアレンジ
劇中に登場してきた様々なAI(アプリ)は、一般的なイメージにこだわることなく、演者の個性を第一に考えて大胆なアレンジを施した。フォトショップと思われる「写真屋」が和風だったり、「Yマップ」が妙にワイルドかつ自由(あまり優秀そうでない雰囲気)だったり…。その他のアプリAIたちもかなり個性的にしました。そのため一度完成した脚本を配役が決まった時点で書き直しています。役者の個性を輝かせることで、お客様に理屈ではない表現として違和感を与えずに成立させることができました。
あのシーンはバルス?MGS?
リエゾンと謎の少女(2185)が手を取り合ってアンノウンを解放する名場面。お客様から「バルス」だとのご感想を何件かちょうだいしました。このシーンに関してはそれを意図した演出はつけておらず、演じている本人たちが「プリキュアだ!」と盛り上がって構築された所作でした。脚本としてはガンダムのアムロとララァのシーンをイメージしたのですが、まあ、そのあたりは世代の違いですね。
ラストシーンの吾妻の電話は、「メタルギアソリッド」のラストの真似(形式的な)です。正直なところ、あのシーンは蛇足かな…と最後まで迷っていました。真の平等とは真の競争の幕開けで、それまで強引に去勢していたマイノリティが解き放たれ、いつかマジョリティが追い抜かれる恐怖がある…というひとつ前のシーンまででも十分だった気もします。しかし、それを企図している大国がおいしいところを持って行こうとしている様(結局は支配や統制に世を正したいという人間の愚かさ)を、ひとつの問題提起として印象付けるために導入しました。もともとメビウスという存在は吾妻によって仕込まれていたアンノウンプログラムであるという裏設定があったので、その裏付けも果たしたかったという狙いがありました。AIという夢の技術をめぐって、すでに列強各国は覇権争いを繰り広げているのでしょう。今も続く宇宙開発のように。それこそ我々が恐れるべきUNKNOWNなのでしょう。それを描けたことでは、付け加えて成功だった気がします。
さて、そんなこんなでお届けいたしました、「UNKNOWN」誕生秘話。皆様が受け取った印象のルーツが意外なところにあったかもしれません。しかし、それが正しい、間違っているという比較をする必要はありません。すべての方にそれぞれの物語のテーマが浸透してこそ、制作者冥利に尽きるというものです。ぜひ皆様が感じたテーマや印象に残るシーン、人物などをお聞かせいただけると嬉しいです。それでは、また劇場で。