先の先は先のこと、裏の裏は表のことなら、どちらを読むか、読まざるか。

Posted by theatreminori on 29.2013 主宰者コラム 0 comments
どうも。フェイスブックの投稿がEnterキー一発でできてしまう設定なので、時々作成中の文章やメッセージをフライングアップしてしまうのに、設定を変えずに使い続けるSugiです。前フリはいつもながらですが主宰者カテゴリからの投稿は久し振りです。

ツイッター、フェイスブックではすでにお知らせしていますように、5月28日(火)夜に、前回公演でもお世話になった芝居屋-万-の松本氏との打ち合わせを行いました。それと並行して、以前からチラシに先行して製造を進めていた宣伝素材のバージョンアップ作業も行われました。



チラシは常に持ち歩く、相手に気軽に受け取ってもらうという観点からは、少々大きすぎるのではないか?という発想から、情報告知および、チケット注文・問い合わせ先のホットラインを各自が設定できる機能を持たせた名刺サイズの宣伝カードを作ってみました。ネタの根源はキャバクラの名刺…ではありません。火のないところに煙を立たせました。

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印刷は機械で行い、裁断は手作業。一般的に販売されている名刺印刷シートを使用しています。印刷を複合機で行いましたが、どうしても0.1~0.2mmのズレが生じてしまいます。表面は縁なしの画像でインパクトを与えていますので、このわずかなズレも案外目立つのです。何度か微調整して、折衷案でGOサイン。

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出来上がってみるとなかなかの雰囲気。これはチケット販売前までの先行バージョンなので、あまり多く印刷していません。ある意味レアです。すでに一部の団員が配布を開始しているはずです。

宣伝素材作成が仕上がる中、松本氏との打ち合わせも実施。主に舞台装置に関するイメージの交流を行いました。話し合っていく中で、第3回公演との比較が頻出してきたので、どこかに当時の公演の動画があったはずという展開になり、松本氏に「チイサナソラ」を初体験していただきました。打合せには装置以外の役割を担う団員も参加していました。こちらには過去作への出演者も含まれており、あの時はこうだった、どうだった…という笑い話で盛り上がっていました。

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私も久し振りに3年ほど前の公演の映像を目にしましたが、この当時、どんな思いでこの公演を眺めていたのだろうかと、懐かしさというより不思議な気分になりました。当時の思いが記憶に残っていないのです。何カ所か、タイミングがシビアなところで「セリフを出してくれ」と祈るような思いになっていたことは記憶していましたが、それ以外のシーン、今現在の感情で形容してしまえば、脚本の意図が全く表現されていない低品質の演技の羅列が繰り返される舞台に、何を感じていたのだろうかと。間違いなく、当時であっても自分が観客として客席に座っていたら、怒り狂って退室していたであろう未成熟な舞台。それが多くの観客の前で上演されていたのですから、さぞや当時の私は寛大だったのか、理性的だったのか、向上心がなかったのかどれかなのでしょうか。第3回公演という発展途上の集団に対する妥協(諦め)があったのでしょうか。

思い起こせば、当時は無料公演でした。お客様が対価を払うことのなない環境の中で演じていた「甘さ」があったのかもしれません。しかし、その発想自体が大きな過ちであることに、今は気が付きます。それは、お客様の貴重なお時間を拝借しての上演であったことです。お客様は失うものはない、損はしないという大義名分は妥協を前提にした言い訳に過ぎなかったのです。考えてみれば、私自身数十年前から映画というものを見なくなりました。その理由は「時間の無駄」だからです。客観的に持ち続けていたこの視点も、ついつい作り手の立場になるとぼやけてしまうことがあるのかもしれません。そういった意味では、過去の映像の中で繰り広げられる惨劇は、私自身のストイックな創造者魂の未熟さを映す鏡のようでもあります。全てがあの程度の品質だった。それだけのことなのでしょう。

しかし、そんな稚拙な舞台であったにもかかわらず、多くの観客と関係者の心をつかんで放さない「チイサナソラ」とは不思議な作品です。この高揚感は錯覚なのでしょうか?後から美化された記憶の改ざんなのでしょうか?

私自身、過去の映像を見ながらそんなことを考えて、すぐにその答えに気付きました。しかし、答えは胸の内に秘めておきます…と言いますか、てあとるみのりで新たな作品を世に発信し続ける中で、常に胸に秘めていた思い、目指していたステージがその答えだったので、あえて論じる必要はないでしょう。共に歩んできた関係者ならすぐにわかるはずです。

同時に、てあとるみのりが着実に成長し、正しい道を進んでいることも実感できました。映像の中の「チイサナソラ」から、わずか3年ほどで通過したした「そこにあるもの」。言い得て妙なタイトルに、ひとり感慨に浸っております。もちろんこの瞬間だけ。いつまでも浸っていては前へ進めません。それは過去への逃走。未来への闘争に非ず。

そんなわけですので、今後ともてあとるみのりをよろしくどうぞ。


キリヒラケ

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